その日、事件はニュースになったVol.123
- 2026.05.17
- その日、事件はニュースになった
その日、事件はニュースになったVol.123




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どこかに自分の知らない自分の子どもがいるというのは
これは男性側からしたらどうなんでしょーかね
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〉〉どこかに
自分の知らない自分の子どもがいるというのは
これは男性側からしたらどうなんでしょーかね?
…
『少子高齢化しつつある現代において、こどもの数を増やすことは、結局、社会貢献になりうる』
などと言うことを考えたりしてないんだろうと思うけれど…
・避妊してたんなら、まさか、妊娠させたとは思わなかった。
・避難してなかったんなら、よもや、中絶しなかったとは思わなかった。
とか… …
…
… 生物学的見地からいったら、婚姻とか一夫一妻制というのが不自然で、「産めよ増せよ」というのが「本能」だろうに…
けど、これは、回答する側の年齢とか、独身か既婚者とか、いわゆる買春をしてるかしてないかで、意見は変わりそう。
…逆に気になるのは、「誰が父親なのかわからない子どもが己れのおなかの中にいるというのは、それは女性側からしたらどーなるんだろう?と…
しかしながら、それも、妊娠にともなうホルモンの変化とかでボセーホンノーとかいうのが発動して、純粋に種の保存という観点からいったら、何者であろうと、こどもは産んでそだてて、のこさねば。って、本能が(たぶん、理性や理屈で説明のつかない「何か」によって、考えなんてコロコロ変わりそう…
あと、「この問いにちゃんと答えるようなら、その者は男だろう」て、これはひっかけですね? コメント送る人の性別をこれで見破ろうとするとはなんて作者なんだ(注:たぶんそんなことをあこさんは意図してない)
…
…GoogleのAIモードに、パパ活した男性になったつもりで回答してみよ、と問いかけましたら、
『自分の知らないところに我が子がいるかもしれない。その可能性を考えると、胸の奥がざわつき、何とも言えない複雑な感情が込み上げてきます。
パパ活という関係性は、割り切った大人のエンターテインメントであり、お互いの利害が一致した自由な世界の交際のはずでした。避妊には細心の注意を払っているつもりですが、万が一の確率を想像すると、背筋が寒くなります。もし本当に子どもがいたら、その子はどんな環境で育っているのか、不自由な思いをしていないかという、父親としての身勝手な責任感や罪悪感が一瞬頭をよぎります。』
『しかし同時に、冷徹で現実的な自分がストップをかけます。「認知を求められたら社会的地位や家庭はどうなるのか」「経済的な搾取の対象にされるのではないか」という保身と恐怖が本音です。会いたいという純粋な血のつながりへの好奇心と、自分の生活を絶対に壊したくないという拒絶感が、常に心の中でせめぎ合っています。』
『結局のところ、私は日常の快楽を優先し、そのリスクの影から目を背け続けているに過ぎません。見えない恐怖を抱えながら、今日も割り切った関係を買い続けています。』
って、…つまり、「面倒な事になるんだから、知らないところに自分のこどもなんて存在しないでほしい」てところなんだろうか?
付ける薬が無いなあ・・・ 身内にこんなのが居なくて良かったって、悪いけどそう思わずにいられない
自分の子供がこんなだったら・・・ なんて考えるのも嫌だわ